試験から開業まで

「合格すれば誰でもなれる」

資格ガイド本でそう読んだとおり、行政書士になるのは難しいことではありませんでした。

文字通り、試験に合格して登録料30万円程度を納めれば誰でも行政書士になれるからです。

私は1年間の独学で試験に合格しました。

1年間の勉強は楽ではありませんでしたが、その1年間、「夢で溢れている」とは、まさにこのことだったと思います。

むしろ、大変だったのは、いざ行政書士になってからのこと。「夢」では済ませられない「現実」との闘いがそこには待っていました。

起業をして、一つの事業を軌道に乗せるというのは本当に大変なことです。

行政書士資格との出会い

さて、手に職がなければ、通常、転職でキャリアがアップするということはありません。

『転職でキャリアップしようぜ!』みたいな甘い謳い文句は、食べたことがない南国フルーツくらいに期待してはいけません。

その理由の一つに、日本には年功序列という鉄の掟があります。

この鉄の掟をなくすのは、カレーうどんからカレーを取り除くより難しいのです。

転職とは、技術や能力に関わらず、年功序列のヒエラルキーを底辺からやり直すということです。

転職を繰り返すと、『年下の上司に頭を下げる』という踏み絵も増えていくことになります。

また、面接というものも、図らずも、能力よりも経歴で採用されるものでもあります。

私も、行政書士を目指すまでには、試しに何社か面接を受けてみましが、「履歴書が汚い」となじられたものです。

「あなた、これまで何社辞めたの?」「介護からITに行ったの?」。そして、面接官は決まってこう聞きます。

「あなた、一体、何がやりたいの?」と。

いや、その質問には、先ほどの志望動機のコーナーで、「御社の仕事がやりたいです」とファイナルアンサーしたつもりでございます。

ああ、過去の経歴は、もはや消えないタトゥーだ。私の現在の言葉は、過去を上書くことさえできず、かき消されていくだけです。

さて、こんな頃、見かけた資格ガイドで行政書士という資格を知ることになりました。

行政書士は、私が過去に勤めていた会社でやっていたような許認可申請を専門とする資格らしいということを知ります。

しかも、弁護士みたいに胸にバッジをつけた法律系の国家資格者だそうだ。かっこいい!

「でも、どうせ誰でもなれる訳じゃないんでしょう」。

そんなテレビショッピングばりの合いの手を頭の中で打った時、まさかの情報に胸が躍りました。

そう、行政書士は、学歴や経験に関係なく、試験に合格さえできれば誰でもなれるのだ。

試験のレベルもどうにかならなくもなさそうでした。本気を出せば。

そう、私は睡眠時間3時間のブラック企業に勤めながら昼休みを削って勉強しプログラミングの資格試験にも合格したのです。

そして、そのエネルギーを我が人生に向けるために退職したのではないでしょうか。

そこから行政書士試験に向けて勉強が始まりました。予備校に通うような余裕などはありません。本気の人間は独学だ!

行政書士試験の概要

これが私の行政書士資格との出会いです。

ちなみに、試験のことを知りたい方のために概要を載せてみましょう。

試験は年1回行われ、毎年、次のようなスケジュールで進みます。

  • 願書配布…7月
  • 出願締め切り…9月初旬
  • 試験…11月第2日曜日頃
  • 合格発表…翌1月末頃

福岡では『福岡工業大学』が試験会場となるのが毎年の通例のようです。

※詳細は、行政書士試験研究センターのリンクでご確認下さい。

試験科目は、主に次の2分野から成ります。

  • 法令科目…憲法、民法、行政法、商法(会社法)
  • 一般科目…文章読解、法律に関わる時事問題(個人情報保護法等)

また、合格には、次の2つの条件があります。

  • 合計点…総得点が合格点以上であること
  • 足切り…いずれか一方の分野がボーダーライン未満なら不合格

なお、特別なパターンとして、下記のように、試験が免除されるケースもあります。

  • 弁護士や税理士の資格を持っている
  • 公務員として長年勤務してきた

1年の独学で合格

行政書士試験の勉強中、アルバイトを始めました。今ある貯蓄をとり崩すのは不安だったからです。

ただ、アルバイトだからといって、30歳のフリーターが簡単に入れるものはありません。流れ着いた先は、肉体労働です。

さて、そのアルバイト先には、公務員を目指す22歳の大学生がいました。彼は私を慕ってくれました。

30歳の自分から見る『30歳のアルバイト』は社会の異分子ですが、22歳の大学生から見る同じアルバイト仲間は普通の友達候補らしい。

ここは大学の学食かというくらいに、彼は気軽に話してくれます。

そして、彼は私にこんな質問をしました。

「山口さん、もし試験に落ちたらどうするんですか?」。

私はこう返す。「首でも吊るしかないかな」と。そして、その答えは、内心、まんざらでもありませんでした。

30歳を前にいきがって退職したものの、面接を何社受けてもかすりもしない。こうやってアルバイトにありつけることが精一杯。もう行政書士を目指すしか道がないのです。

退職する前に付き合っていた彼女とも、行政書士を目指すと決めた時に別れました。

このまま2年も3年もフリーターをしながら試験勉強をやっている余裕はないのです。そう、私の人生は、ほぼ詰みかけているのです。この1年に賭けました。

さて、試験は秋にあります。

であれば、夏こそが勝負です。

歴史的猛暑と言われた2010年の夏。私は、エアコンを切って勉強しました。

「こんな地獄は今年限りだぞ」。

毎日、そうやってメンタルを奮い立たせました。

そして、年が明けた1月、私のもとに合格の知らせが届きました。

行政書士試験のレベル

さて、私が合格した2010年度は、合格率の低い年でした。試験が難しい年だったということです。

これは自慢話ではなく、仮に難しい年度であっても、行政書士試験というものは『むしゃらに勉強すれば1、2年で合格できるレベル』と、私は言いたいのです。

司法書士や税理士ほど難しいものではありません。

ただ、決して、簡単な試験ではないとも言いたいです。

というのも、受験者の多くは何かを背負った社会人です。社会人にとって、年に1回しかない試験というプレッシャーは筆舌に尽くしがたいものではないでしょうか。

これから行政書士試験に挑まれる方は、ぜひがんばってください。

合格に必要なこと

試験合格後、開業の準備をしていると、一本の電話が入りました。

「うちに来ませんか?」と。予備校からの勧誘だ。

私は独学で勉強していたが、さすがに直前模試というものは受けました。予備校が開催しているやつです。

その模試の結果がよほど悪かったのでしょうか。私は所属した覚えもない予備校の『本年度不合格者リスト』に入っているらしいのです。

「いえいえ、私は合格したんですよ」と丁寧に電話を切るのだが、この勧誘は数日おきにやってくる。

どうやら私は、予備校の『絶対に合格しているはずがないリスト』に入っているみたいです。

相手のあまりの気迫に「本当は不合格でした」と冤罪の自白をしてしまいそうであります。

ただ、そう言われれば、その模試の結果は微妙でした。いや、正直なところ、私は、本試験さえも微妙でした。

では、それでもなぜ合格できたのかというと、当たり前ですが、『合格点を取れていたから』です。

行政書士試験は100点を目指す必要はなく、合格点を取ればいいのです。そして、合格点は60点。

なので、90点で合格した者も60点で合格した者も、同じ『合格者』です。

そして、私はきっとギリギリ60点の合格者だったでしょう。ただ、私はこれまでの人生、とにかく合格点を取るのが得意なのだ。

『昨日は80点だったが、今日は55点』のような勉強をやっていては、本番では55点に転びます。大切なのは、今日も明日も60点を取り続けることです。

私は、行政書士試験でもそれをやってのけました。

ちなみに、今、勉強中の方にその秘訣をお伝えするとすれば、それは『毎年頻出の問題をおさえれること』です。問題集や過去問を何度もやり込みましょう。

合格後に待つもの

さあ、いよいよ行政書士試験合格まではきた。アルバイトのおかげで開業資金も大半は取り崩さなくて済みました。

ここまでの1年。苦しくはありましたが、たくさん夢を見ることもできました。

ただ、後続たちへ伝えたいことは、『開業しただけでは幸せは待っていない』ということです。

とんだネガティブキャンペーンを打ってしまいましたが、私が伝えたい真意は、『幸せになるか不幸になるかはわからない』ということです。

行政書士なるということは、幸せのへ切符ではなく、むしろ、宝くじを手にすることです。

幸いにも私は幸せになることができていますが、まさに『宝くじ』というように、不幸になる方が大半かもしれません。

というのも、行政書士になるということは、個人事業主としての起業することだからです。

行政書士は独立開業型の資格です。基本的には、就職という選択はありません。そして、開業するということは、もちろん、廃業もあるということです。

事実、私も100万円の貯金が尽きかけました。さらに言えば、アルバイトでの稼ぎもつぎ込んでしのいでいましたので、軌道に乗るまでに総額2~300万円くらいは要したかもしれません。

借金をしなかったこと以外、誇れることはないというくらいです。

あの時、軌道に乗っていなければ、お金を失い、年齢も重ね、履歴書はさらに汚れていました。

行政書士を目指す前でも、就職は困難だったのです。開業や廃業の経歴が増えれば、なお一層、就職は難しくなったでしょう。私の人生は確実に詰んでいたと思います。

つまり、行政書士になるということは独立開業することです。資格を取れば仕事や収入が転がり込んでくる訳でもありませんし、資格があなたを食べさせてくれることはありません。それを肝に銘じることができなければ、行政書士はお勧めしません。

ところで、独立開業という目的がはっきりしている方にとっては、行政書士はとても魅力的な資格ではあります。これは、他士業と比べてという話です。

というのも、司法書士や税理士は1年で合格することは難しい上、他事務所での下積経験が必要になってきたりします。税理士だと開業するためには税理士事務所での経験年数が必要です。

一方、行政書士は合格さえできれば、それだけで開業できます。下積経験がない分、開業後に自分でがんばらなければならないことが山ほどあるのですが、それでも『たった1年の勉強で、誰の力も借りずに開業できる』というのは、魅力です。

成功はあなたのがんばり次第。さあ、勉強をがんばりましょう。

開業の副作用

話は変わりますが、起業において、こんなところまで考えた方がいいという話をさせていただきます。

つまり、個人事業主になるということは、単に職業選択の問題だけではないということです。年金や保険、税金など、人生設計に関わる部分にも影響が出てきます。

例えば、老後の話、厚生年金のサラリーマンであれば、老後に夫婦で月22万円くらいの年金をもらえるのが一般相場(最低相場??)のようです。

一方、事業主の場合、国民年金で1人6万円程度。夫婦で12万円です。これではやばいと国民年金基金を満額かけても、夫婦で月18万円。

サラリーマンなら、そもそも支払いの半額は会社が負担して納めてくれます。

それで言うと、事業主というのは、サラリーマンより数倍多くの負担をしながら納めていっても、もらえる時にはサラリーマンの水準より低いという悲劇が待っています。

これは、サラリーマンは定年退職があるというデメリットに対する仕組み上、このような制度設計になっているのですが、であれば、我々は、『老後も働く』ということでしか、この不遇の穴を埋めていけないということでもあります。

個人事業主は、自分の体を健康に保つ努力と、労働から解放されないという呪縛からは抜け出せないというデメリットを抱えているでしょう。

せめて持ち家を建て、65歳までに完済していれば、少しは老後の足しになるのかもしれません。

そう思って建てた私の新築ですが、次にお伝えしたい事業主の不遇は、その住宅ローン等にあります。

まず、事業主は信用に関する部分で脆弱になるので、賃貸借契約や住宅ローンのハードルがサラリーマンより厳しくなります。

簡単に言うと、『サラリーマンだったら住める家に、事業主をしているばかりに住めない』ということが起こります。

私の場合、結婚して夫婦で借りた新居は、お恥ずかしい話、当時、私の名義では借ることができませんでした。

情けなくも、妻の名義で借りてもらいました。ちなみに、当時の妻は契約社員でした。つまり、『契約社員でも借りられる家』が事業主では借りられないということが起こるということなのです。

そして、次に子どもが生まれ、マイホームを建てました。事業主は、住宅ローンを組むのに苦労します。

通常、サラリーマンだと、昨年の年収と今年の年収はほぼ大差がありません。このため、住宅ローンで借りられる額は、現在の収入を参考に決まります。

ところが、事業主の収入というのは毎年変動します。このため、事業主がローンを組む際は、過去2~3年の収入の平均を取って額を割り出します。

私の場合、事業がやっと軌道に乗ったところで結婚や出産のタイミングとなりましたで、どうしても、軌道に乗っていない2年間がこの額の足を引っ張りました。

現在のアクションについて、2、3年も前から準備をしていないといけないという難しい人生の舵取りが発生してきます。

行政書士の開業登録

当たり前ですが、行政書士をやっていると、行政書士会へ行くことがあります。

そして、今まさに開業の手続きをしている人を見かけることがあります。

その時、私は、できることなら後ろから羽交い締めにして、開業を思い留まらせたものです。

まあ、そんなことをしたら私はヤバいやつになってしまうので、地獄行きの列車に乗るあの人を今日も見送ることにします。

さて、行政書士になるには、このように行政書士会の窓口に行って、登録手続きをしなければなりません。試験に合格した瞬間に行政書士になるのではないのです。

ちなみに、この手続きは、開業する場合だけでなく、行政書士としてどこかへ就職する場合も同様に必要です。とにかく「行政書士」と名乗るためには登録が必須なのです。

登録には、所属する都道府県の行政書士会館へ行きましょう。

なお、この手続きでは2種類の申請書を提出することになります。

『日本行政書士会連合会への登録』と、各都道府県の『行政書士会への入会』という2つを行います。

つまり、私の場合、『日本行政書士会連合会』と『福岡県行政書士会』の2つに所属していることになっています。

この手続きの費用は、おおむね、下記のとおりです。なお、所属する都道府県によって若干の費用の違いがあります。

  • 登録・入会時の費用…30万円程度
  • 毎月の会費…7,500円程度(月額)

ちなみに、毎月の会費がこの程度の金額で済むのも行政書士のメリットです。他士業なら、毎月こんな金額では済みません。

なお、これらの会費とは別に、『政治連盟の会費』という謎の月額400円も必要となります。

もっとも、この支払いは任意です。開業前に見かけた資格ガイド本によっては節約のために支払わないことを推奨しているものも見かけたこともあります。

ただ、初めましてで所属する団体に、「オレは入らねぇぞ」と啖呵を切れるほど、私の神経は図太くありません。

というか、この政治連盟400円は、謎でも何でもありません。

というのも、行政書士は職域という特権のお蔭で仕事ができています。法律上、この仕事は行政書士しかしてはいけませんという線引きがあり、その法律を維持するには、政治的な働きやそのためのお金が必要なのです。

明日から、「この仕事は、行政書士でなくても誰でもできますよ」ということになれば、私はすぐに職を失います。

正直な話、私はまじめで聡明で、クライアント様からの評判も悪くはないと自信を持って仕事をしております。

ただ、それはあくまで、行政書士という一握りの中である程度優秀という話に過ぎません。孫正義や堀江貴文など、誰でも参入可能となれば、私なんて明日から3軍のベンチです。

私は、天才とも、議員さんとも、お医者さんとも、弁護士さんとも競争する必要がありません。行政書士を目指した同等の脳みそを持った人間の中で少しだけ優秀であればよいのです。

我々を守る職域という壁は、元寇を阻んだ元寇防塁のごとく尊いのです。

政治連盟の会費というものは目に見えにくい費用ですが、そのような我々のバックグラウンド形成の財源であります。

行政書士の登録手続き

行政書士登録手続きについて少し補足します。

書類の提出期限は、月に2度あります。15日と月末です。

審査期間は正確に決まっていないようですが、提出後、おおむね1月半~2ヶ月後には登録(開業)となります。

例えば、提出を7月8日に行うと、審査開始は期日の7月15日です。そこから審査があり、翌々月の9月1日または9月15日が入会式となるでしょう。

『書類を提出した時』で行政書士になれるのではなく、1月半~2ヶ月後の審査の後で晴れて開業となりますのご注意ください。

入会式で知ったこと

さあ、今日は、晴れて入会式。

「登録が認められましたよ」と事前に連絡がある訳ではないので、ここで初めて行政書士として登録されたことを知ることになります。

そして、入会式では、これから行政書士の職印を作るようにと案内を受けます。

いやいや、登録されることが確定だとわかっていれば事前に作っておいたものを…。

というか、賢い人は、この時点で既に職印を持参しているではないか。初日から出遅れことに気づかされます。

そもそも自分のどこに、登録が認められないという不安があったことでしょうか。

行政書士試験には間違いなく合格しました。

それに、生まれて30年間、法律を違反したことは、スピード違反や一旦停止違反の軽微な交通違反くらいです。さらに、私は、政治連盟400円だってちょろまかす気のない善良な民だ。

登録されないはずがないではないありませんか。職印くらいこの日までに作っておくべきだったと後悔します。

さて、職印1本で何をそんなに大騒ぎしているかと思われるかもしれませんが、たかが職印1本でやれないことが結構あるのです。

まず、職印がないと、契約書や領収書を出すにも支障があります。つまり、この日から入金を受けるということができません。つまり、この日から業務ができないということです。

また、職印がないと、職務上請求の用紙を購入することもできません。職務上請求の購入申請には、職印での押印が必要なのです。

つまり、職印がない場合、後日、職務上請求の用紙を購入するために再度、行政書士会を訪れなくてはいけないのです。

ここで、職印の他にスケジュールを左右する話があります。

それは、『行政書士損害賠償保険』です。これは、自動車で言うところの任意保険です。行政書士の業務で、クライアントに損害を与えた時の保険のです。

この加入も、入会前に事前に行うことができません。入会式後、正式に行政書士となってからの申し込みとなります。

スケジュールとしては、例えば、9月1日が入会式の場合、『9月中に申し込み、10月からが保険適用』という流れです。

こう考えると、行政書士として正式に仕事ができるのは、『入会式の1月後』というのが現実的なラインなのかもしれません。

ちなみに、『行政書士として登録されました』という証書(賞状?)も、入会式の日にはもらえません。後日、郵送で届きます。

無くて困るものではありませんが、「開業と同時に事務所に掲げられる」と思っている人にとっては拍子抜けすることのひとつだと思います。

さて、こうして私は無事に行政書士となりました。

これからいよいよ開業へと進みますが、なんと、途中、行政書士として就職活動をやってみたりもしました。

次のページでは、行政書士の就職先についてお話させていただきます。

なお、別途、個人事業の開業届についてもブログがございます。