行政書士になった理由

「山口さんは、親も行政書士?」

お客様からこう聞かれることがありますが、私の両親は普通のサラリーマンと主婦です。

私は、行政書士どころか、『自営業』に対して土壌もコネも全くないところから起業しました。

 

このページでは、そんな私が、起業になぜ行政書士の道を選んだかという話をします。

なぜ起業したのか

「私が起業した理由は、みなさんのお役に立ちたいからです!」…と、そんなかっこいいものではありません。

ネガティブな話をするのもなんですが、『30歳で転職をする』と考えた時に、『起業』という選択肢しかなかったからというのが正直なところです。

 

私は20代で、『勤めていた会社が倒産する』という経験を2度も味わいました。

その後、転職した業界も、『IT』と言えば聞こえはいいですが、いわゆる『IT土方』。

徹夜の連続の、ブラック環境です。

そんな環境では、当時の彼女とも結婚が考えられなかったどころか、『あと何年、健康でいられるか』さえ自信がないくらいでした。

 

ただ、「30歳ならまだやり直せる」と考え、思い切って仕事を辞めてみたはいいけれど、現実は甘くありませんでした。

再就職とは、『これまでよりグレードが下がることはあっても、上がることはない』ということを悟りました。

そこで、せっかく「30歳を転機にしよう」と考えたことを、人生のチャンスに変えるために選んだのが起業でした。

 

さて、少し脱線しますが、今、どの業界も『働き手の不足』と言われる一方、ハローワークへ行けば求職者で溢れています。

このアンバランスは、私は、『非正規』や『使い捨て』の求人で溢れているためだと思っています。

求職者は、経済面・生活面で、「最低限、人間らしい暮らしがしたい」と考えてるのに、それに合致する仕事(まともな正社員の募集)がないのです。

 

私も、別に大儲けがしたいと思って行政書士を目指した訳ではありません。

「最低限、人間らしい暮らしがしたい」と考えてるうちに、『起業』に流れついていました。

士業を目指される方のほとんどは脱サラでの起業だと思いますが、なんとなく同じような状況の人も多いのではないでしょうか。

まあ、そうやって流れついた先が、天国なのか地獄なのかは、自分自身の努力次第ですが。

なぜ行政書士なのか

さて、プロフィールに書いた通り、私の前職はプログラマーです。

そのスキル(パソコン・ネットの強さ)が、自分の行政書士事務所の経営にも力を発揮してきたことも前述のとおりです。

 

ただ、『行政書士』という業種を目指したルーツは、前職ではなく、『前々職』にあります。

 

その前々職とは、、、『介護』です。

 

「…なんだ、介護かよ。」のツッコミ、ごもっとも。普通の介護職なら、行政書士とまったく共通点がないですもんね。

 

ただ、私の場合、介護といっても、いわゆる介護をやっていた訳ではありません。

実は、そこで特別な仕事をさせてもらったことが、現在の行政書士業につながっています。img

許認可申請を経験する

その介護の会社で、入社当日の朝、上司にこう言われました。

「うちは介護の会社だけど、まだ介護の許可は持っていない」

「その許可を取るのはお前の仕事だ」

「さあ、今から福岡県庁に電話しろ!」

そんな予期せぬその言葉に、私は、キ○玉が縮みあがる思いでした(汗)

 

ただ、そのおよそ2か月後、福岡県糟屋郡宇美町には、無事に開業を迎えたデイサービスの姿があるのです。

これが私が行った、初めての許認可申請の仕事です。

 

その新規事業は、建物は新築でしたし、オープニングスタッフも既に5、6名いました。

上司からは「もしお前がコケれば、1月分、2月分、、、と事業損失が出る」と脅され、どれだけの冷や汗をかいたでしょう。

本当に、無事に介護指定(許可)が取れてよかったです。

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私の背景・時代の背景

断っておきますが、私は、その時、行政書士ではありません。

許認可申請の『きょ』の字も知らない、ただ「介護をしよう!」と思って入社しただけの人間でした。

卒業も西南学院大学の児童教育学科なので、『事務』よりも、『人』に携わることを学んできたタイプです。

 

さて、一方、介護業界には、その頃、独特の空気がありました。

 

介護保険制度というものは、2000年にスタートしました。

つまり、私が入社した2000年代初めというのは、まだまだ介護業の初期も初期です。

介護業は、高齢化社会に向けた金脈と考えられ、ゴールドラッシュのごとく乱立しました。

また、大学としても『介護福祉学科』という学科はまだ珍しく、私のような『教育学科卒』が流れ込むことが当たり前でした。

そこで、私のようなにただ『大卒の男性社員』というだけで、新入社員でも、主要ポストが回ってくることが往々にあったのです。

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事務仕事に覚醒

上記会社にて申請業務を始めて行った後、私は、次第に、許認可業務にも慣れていきました。

私が勤めた会社は本業が不動産管理業であり、私は、デイサービスの生活指導員という肩書の陰で、消防など、不動産の行政手続きもこなしました。

そして、介護では、さらなる展開として、福岡市東区、大阪府枚方市での住宅型有料老人ホーム開業の手続きも任され・・・た、その矢先!

その会社での私のキャリアは終わりを迎えます…。

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20代で2回の倒産を経験

介護業界は空気が変わり始め、「介護は儲からない…」という言葉が飛び交うようになりました。

異常なまでに乱立した新規業者も、次々に閉鎖し始めました。

そして、ついには、私が勤めていた会社にもその影が伸び、会社は、本業の不動産管理部門もろとも倒産に陥りました。

 

私は、すぐに再就職し、博多で同様の職に就きました。

今度は、訪問介護事務所の雇われセンター長です。

ただし、そこでの就職も波乱に満ちていました。

勤めた会社が、業界第1位のグッドウィルグループ『コムスン』に合併吸収された矢先、そのコムスンが『業界で最初にして最大』とも言われる不正を犯し、事業所閉鎖の波に巻き込まれました。

 

20代にして2度の倒産を味わった私は、IT(プログラマー)の仕事へ転身しました。

介護はどうしても女性的な仕事であり、男たるや、普通にサラリーマンとして働こうと思ったからです。

また、もともと頭の回転がよく吸収も早い方なので(自分で言うのもなんですが)、ゼロからでもパソコン仕事ができる自信もありました。

そして、その自信のとおり、未経験でもみるみる力をつけ、プログラマーを29歳まで続けました。

行政書士開業を決意

ただ、30歳を前にして将来に迷うところがありました。

 

その頃思い出したのが、介護業界時代にやっていた許認可申請のことです。

それを思い出す中で、行政書士という仕事を知り→勉強を始め→開業に至るというのが私の起業の第一歩の話です。

もともと独立志向も強い方でしたが、今思えば、我ながら、思い切った決断をしたなとは思います。

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前後のトピック