職務上請求のケース①

職務上請求について、行政書士をやっていても、実務上で疑問に思う点はいろいろと出てきます。私の勉強不足かもしれませんが、実際に、行政書士会の研修にて質問をしても、役所の窓口へ直接問い合わせても明確な回答は得らなかったということもあります。ここでは、遺言相続関係の職務上請求の事例について検討してみたいと思います。

行政書士

太郎さんの戸籍に関する職務上請求の例

【出生すると】太郎さんは、「父を筆頭者とする戸籍」に載ります。

出生の戸籍

【結婚すると】太郎さんは、父の戸籍を外れて「自分を筆頭者とする戸籍」に移ります。妻であるA子さんは、この戸籍に転籍します。

結婚の転籍

【子どもができると】息子の秀男君が、この戸籍に載ります。

出産

【離婚をすると】A子さんは、この戸籍を外れて、この戸籍には「A子さんの抹消の記録」が残ります。

離婚による転籍

【結婚すると】秀男君は、この戸籍を外れて「秀男君を筆頭者とする戸籍」へ移ります。この戸籍には「秀男君の抹消の記録」が残ります。

戸籍の新設

【再婚をすると】太郎さんがB子さんと再婚をすると、B子さんがこの戸籍に載ります。なお、この戸籍には「A子さん・秀男君の抹消の記録」が残っています。

再婚

【戸籍制度に改正があると】戸籍システムのコンピュータ化等が起こると、戸籍が再編されることがあります。この場合、「現在と関わりのない過去の記録」は引継がれません。つまり、これだけを見ても、「太郎さんのA子さんとの結婚歴」や「秀男君の出生の事実」はわからなくなります。

改正原戸籍

【死亡すると】太郎さんが死亡すると、この戸籍には「太郎さんの抹消の記録」が残ります。ちなみに、B子さんはこの戸籍に載り続けます。

除籍

 

太郎さんの「出生から死亡までの戸籍」の例は上記の通り(①、②、③の3つ)です。この3つを取得することにより、太郎さんの法定相続人が「B子さん」と「秀男君」の2人であることがわかります。

挿絵

上記①②③の戸籍ではわからない点

それは、「秀男君の現状」です。現住所はおろか、生きているかどうかさえわかりません。

では、例えば、行政書士としてB子さんより遺産相続の相談を受けた場合の職務上請求はどうなるのでしょう。まず、B子さんはこの3通の戸籍(除籍や改製原戸籍)を取得する権限がありますが、原則として、秀男君の戸籍については取得できません。相続手続きを進める上で、差し当たって「秀男君の戸籍の付票等を取得し現住所の特定すること」が必要となるのですが、原則として、B子さんの委任状では秀男君の戸籍の付票を取得することができないところに、この相続の複雑さがあります。

挿絵

職務上請求の疑問点

上記のケースについて、行政書士や弁護士等は、通常、職務上請求を使って相続相談を解決します。ネット上においても、「本人ではわりだせない相続関係を、行政書士なら職務上請求を使って明らかにできる」と謳っているホームページも見かけます。また、実際、それを「できない」と言ってしまっては仕事にならないところでもあります。

ただし、行政書士会の職務上請求の研修で再三に渡って指導されるのは「本人ができない権限の範囲は、職務上請求でもできない」ということです。私が数回参加した行政書士会の職務上請求の研修では、この指導に質問や異議を唱える方は誰もおらず、そこで、私が質問したところ「相続では戸籍の取得はできるだろう」と一喝されただけでした。話にならないと思って引き下がりましたが、「いやいや回答になってませんから」です。それにもかからわず、「職務上請求の適正使用の徹底」という言葉だけが叫ばれていることは、ナンセンスだと感じざるを得ません。ちなみに、1階の事務室でも聞いてみましたが、「詳しい先生を探しましょうか」という回答を受け、たらい回しにされそうだったのであきらめました。もし、紹介されたのが研修で一括してきた講師の方なら、とんだ足踏みであります。

挿絵

 

さて、これではらちが明かないと思い、役所の窓口に直接問い合わせることになるのですが、では、上記のケースでは「本当にB子さんに秀男君の戸籍を取得する権限がないのか」ということを考えたいと思います。

B子さんが①②③の戸籍を取得できる権限というのは、「戸籍法第十条の一」に記載されているものであり、これがいわゆる原則論として取り扱われています。そして、「戸籍法第十条の二」には次のような場合に戸籍を取得できることとなっており、実際には、B子さんには秀男君の戸籍を取得できる余地があるものと思われます。

 自己の権利を行使し、又は自己の義務を履行するために戸籍の記載事項を確認する必要がある場合 権利又は義務の発生原因及び内容並びに当該権利を行使し、又は当該義務を履行するために戸籍の記載事項の確認を必要とする理由
 国又は地方公共団体の機関に提出する必要がある場合 戸籍謄本等を提出すべき国又は地方公共団体の機関及び当該機関への提出を必要とする理由
 前二号に掲げる場合のほか、戸籍の記載事項を利用する正当な理由がある場合 戸籍の記載事項の利用の目的及び方法並びにその利用を必要とする事由

それを踏まえ、私が尋ねた役所の担当者の方は、Bさんの戸籍関係書類の交付について「事情を伺って判断する」という回答をいただきました。「なるほど」と思う反面、「何じゃそりゃ」とも思い、結局は、職務上請求の適正使用とは行政書士のモラル頼みということかもしれません。

挿絵

また、上記は、実際に太郎さんが亡くなった相続事例ですが、遺言作成のケースではどうでしょう。秀男君(法定相続人)の生存を調べることは身元調査に当るのでしょうか。秀男君に「相続させたい」「相続させたくない」という遺言の内容によって変わるのでしょうか。実際、当事務所では遺留分のことで相談がありました。ここでいう秀男君に当る人物が生きているのかを知りたい(生きていないと思うが、生きているとしたら困る)という相談でした。生きていれば遺留分減殺請求の消滅時効まで気が気でない日々を過ごすことになるのです。調査をした場合、かえって相続発生の事実を秀男君に通知させることになるのかもしれませんし、職務上請求の適正使用を謳うのならば、ルールの周知・徹底はこちらこそ望むところではあります。なお、業務の知識については各事務所によって差があって当然と思いますが、このようなルールは「経験が多い行政書士だけが知っている」で片付ける話ではないはずです。

挿絵

4章目次